チリの風 その975 2022年1月17日ー23日

週日は落ち着いていましたが、週末は30度を超える高温になったサンティアゴです。
今週の山歩きは仲間と行くはずだったのですが、彼らの都合がつかず一人でサン・ラモン山岳公園の川めぐりコースを
歩きました。家から公園までも歩いたので全部で5時間の歩き。それでも川のせせらぎを聞きながら歩くのは素晴らしい喜
びでした。
戻ってきて、シャワーでなく、湯ぶねにつかったら疲れが取れました。

日曜日はいつものマラソン練習。仲間と走りました。
随分前の話ですが、20年ほど前は、マラソンでも山歩きでも、前の人を追い越していました。今は逆で、後ろから来た人に追い越されます。えっ、何それ。75歳ですからね。贅沢は言えません。もちろん、大事なのはそうして運動を楽しめる事です。そしてそれを継続するのが人生にとって重要です。

カマラに頼まれたパタゴニア講演の原稿を書き上げて事務局に送りました。これから毎日、話をする練習を始めます。

(政治)

1)ピニェラ動向
もう任期もあと少し、彼より次の大統領の方が注目を集めているのは確かですね。
今週、ピニェラはコデルコ銅公社のアンディーナ鉱山を訪れ、新規計画を発表しました。このプランで
 このマインは後30年はオペレーションが続くだろうとか。14.5億ドルの投資です。

昔、その鉱山で
仕事をしたことがあるので、懐かしいです。
その後、彼はプンタ・アレナスを訪問してあちこちで面談。新大統領を祝っているのかな?

ピニェラが提案している年金補助の件ですが、金持ちへの増税として、ヨット、高級車、ヘリコプターなどに増税
するのが良いと言われていますが、まだ議会で結論は出ていません。 
それでも遅かれ早かれチリの老人の所にその援助が届きそうです。新聞にそうした増税が経済活動を抑えることにならないように願うとするコメントが出ました。増税でヨットの値段が2倍になれば売れ行きが激減するかな?

2)ボリッチ政権の内閣
待たれていた大臣の名前が発表されました。注目の大蔵大臣は現行の中銀総裁です。すると彼を評価するチリの株式市場は
即時2%上がりました。ピニェラに任命された総裁を新左翼のボリッチが大臣にするのは面白いですね。優秀なら右翼も左翼もないと言うことでしょうか。経営者陣も新大臣を歓迎しています。最もチリ共産党は、何度も公定金利を上げ、市民を苦しめた彼は認められないとクレームしています。
さて今回の組閣に入れなかった多くの人の中に、労働連合のトップの女性がいます。彼女は共産党員です。いろんなことをして、多分不正行為をして、その地位を堅持していますが、彼女のニュースが出るたびに私は不愉快でした。
ボリッチは共産党から圧力がかかっても彼女を労働大臣にするのを拒否したわけですね。良くやった。
これを見ても、ボリッチは35歳で若いけど、ちゃんと考えて・計算して自分の意見を通しているようです。
翌日の新聞の風刺漫画に、孤独と言うタイトルでDC(キリスト教民主党)が書かれていました。今まで民主化してから、中道左派が勝った時は、必ず彼らが中央にいたのですが、今回は新左翼が勝ったので、全く新内閣に入っていません。


ところで大臣の性別ですが、女性の方(14人)が男性(10人)より多かったのが不思議でした。

新左翼の側から、農林大臣に関し、彼は優秀な人材だが、農業については知識・経験が少ないから大臣職はどうかと
いうコメントが出ました???その大臣は何か裁判になっているようですが。

ボリッチはその発表の前に現在の与党側の党首と面談しています。下手に出たのか、余裕があるのか、わかりませんが
普通、反対勢力の人間とはコンタクトしないのですが・・・
彼が現在事務所としている建物の前で、デモ隊が警察と衝突しました。ボリッチに圧力をかけようとしているのでしょうか。いつものように壁に落書きして、近くに駐車している車を壊して・・・先年の社会騒乱で逮捕・抑留されている犯人を釈放するよう要求しています。それを恩赦・特赦とか、どんな方法で刑をなくす・軽くするのが良いのか検討されているらしい。
その他に首都圏の住民が我々にも人間らしい住居を提供せよとクレームしました。もちろん、彼らの要求を全部のめば1年で新政権は破綻するかな?
 
今の与党RN党の議員が、与党側は今回の敗戦をちゃんと分析して、それを反省・訂正しなければ、次回の選挙にも負けるだろうとコメント。当たっていますね。さぁこの先どうなるでしょう。

(経済)

1)銅価格と為替
1ポンド当たり4.52ドル。高いですね。素人の私にはどうしてこんな高い価格が継続するのか不思議です。
そのため為替はペソ高になり金曜日は1ドル805ペソ。土曜日は795ペソ迄落ちています。
ちょっと前1ドル880ペソでしたから、10%も下がったわけですね。 

(一般)
1)コロナ問題
 なんと土曜日に1日で14000人も新規患者が出ました。新記録です。なんでもバケーションで派手になって来た「旅行」がこの問題を起こしていると言われます。もちろん、それもこの現象の一因でしょうね。
北部で病院に空いた病床がなくなった所があると言われています。全国ではまだ500ほど緊急病床に余裕があるらしい。
首都圏が警戒レベルが4から3に落ちました。集会の参加者数が少なくなるとか先週から変化が出ています。そしてレベル1,2に戻ると自宅待機令になって、外に出られません。2年も続いたそんな厳しい状況に再度、戻るのでしょうか。
2)マプチェ問題
 7回連続で軍隊を駐屯させることを議会で承認しました。右翼も左翼も同意ですね。それでも今週、なんと同地区で4人が殺され
その他にトラックの運転手が銃撃されて負傷しました。事態がおさまって来ているとは全く思えない状況ですね。同地区の軍隊の代表が「市民を脅し・殺すのは情けない弱虫がやることだ。俺たちに向かって発砲してこい」とコメントして問題になっています。この先、軍隊とデモ隊が銃撃戦をすることになるのでしょうか。
マプチェの代表は軍隊を送って問題を抑え込もうとする政府の方針にはどうしても納得できないとクレーム。新内閣の内務大臣は、「誰とでも話し合う用意はある。過激グループとでも」とコメントしています。
3)サンティアゴの飛行場は昨年利用者が1000万人を超え、前年対比で17.4%の上昇とか。しかしその前年の2019年は
2460万人ですから、正常化には程遠いですね。

(スポーツ)

1)サッカー
やっと試合が始まりました。今日はスーパーカップで、昨年のリーグ戦で勝ったカトリカがチリカップ戦で勝ったコロコロと対戦。コロコロが勝ちました。最近、カトリカの勝利・優勝が続いていましたが、風が変わりました。
そして、ワールドカップの南米予選があります。今週チリはホームでアルゼンチンと戦います。もう本大会出場が決まっているアルゼンチンは、余裕で南米6位のチリと対戦ですね。チリは残りの4試合に全部勝てばまだ本大会出場の可能性はあると言われますが、対戦相手はアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイそれにボリビアですからね。無理でしょう。


以上

チリの風 その974 2022年1月10日ー16日

今週もサンティアゴは30度を超すような暑い日が続きました。今週の話題は友だちとのコンタクトです。先ず、地方から用事があって出てきた友人と落ち合って付き合い。その手続きを終えてから喫茶店でコーヒーを飲みながら

 
楽しんだ会話がうれしかったです。
そして私の誕生パーティに家族・友人が集まり、嫁さんの作ってくれた食事を楽しみました。
そういう繋がりが人生の幸福ですね。
スポーツもいつものように実施。土曜日の登山教室は18名でビスカチャ山に。頂上近くは岩山の厳しいルートでしたが、5時間ちょっとで歩きました。下りに滑った人もいましたが、けが人はなく、全員無事に戻りました。その日、出会った登山者の中で最年長は82歳、最年少は5歳でした。あんな厳しいルートをその年で歩けるんですね???
日曜日のマラソン練習は仲間と3名で走りました。前日の疲れでのんびり走でしたが、週日は一人で10キロを走っています。

所で、パタゴニアに関してカマラから講演を頼まれ準備を始めました。新しい風が吹いてくるのがうれしいです。

(政治)

1)ピニェラ動向
  先の入学試験でトップクラスの成績を上げた学生グループをモネダ宮殿に招待して励ましました。
  それから北のコキンボ州(第4州)とアタカマ州(第3州)を訪問し、教育や農業について話し合いました。
2)特別年金
 先週、国会で成立しましたが、その原資をどうするかで議論が進み、どんな増税をどれくらい実行するか検討中です。
 つまり遅かれ早かれ実施されそうです。
 金持ちへの増税が問題点ですが、新聞の投書欄に、昨年は物価上昇率が7%にもなり、貧乏人はその増税を払わせられた。金持ちに他の増税を課せるのは自然ではないかと書かれました。
3)ボリッチ
裁判所でボリッチを大統領と確認する式典がありました。なぜそれが必要なのか分かりませんが、その式の後に彼はマイクに向かい、大統領になって国のため、国民のため働くことを誓いますとし、付け加えてその責任を感じるのは(初代大統領)オヒギンスなどが感じたものと同じだろうとしました。そうでしょうね。
そして経営者の集まりに参加して、情報の共有や、政策決定に関与してもらうことで、一層の一体感を持って働きたいとしました。彼の手足になる内閣の予想メンバーが記事になっていますが、なんと若手(30代)が閣僚のメインになるだろうとする見込みが高まっています。民政化が始まって以来最高の若年層採用になりそうです。

(経済)

1)銅価格と為替
1ポンド当たり4.49ドルと絶好調。今年もチリ経済を支えますね。為替は1ドル822ペソと銅価格の上昇からチリペソが強くなっています。
2)公定歩合
世界の中央銀行公定歩合は国によって大きな差が出ています。
ブラジルは9.25%。アルゼンチンは4.07%。そしてチリは4.0%。
アメリカは0.25%、日本はわずか0.1%でした。
3)リチウム 
テンダーがオープンされ、2社が選ばれました。そのうちの1社はBYD(中国)でした。中国政府は喜んでいます。
どうしてかチリの野党の左翼は喜んでいません。社会党議員が取り消しを要求したいと発言。ボリッチも不快感を表明しました。
その後、テンダー取り消しが裁判所に要求され、コキアポ裁判所は、結論が出るまで、今週のテンダーの結果は結論としては認めれらないとしました。現政府はこの件に関し、契約は破棄されたわけではないとし、これに関連して新政府と話し合いたいとしています。

(一般)

1)コロナ問題
なんと木曜日は新規患者が7291人と昨年6月以来の高い数字。先週と先々週の比較は87%の増加で過去20か月で最悪。

ただし今月初めのOECD加盟国の38か国の患者数の比較を見ると、100万人当たりで、最悪はアイルランドで4,700人。4回目のワクチン接種を始めているイスラエル1660人。チリは下の方の31番目で142人でした。
それがさらに増えてなんと日曜日は9281人、感染率8.9%ともう留まる所を知らないと言う雰囲気です。
昨年の様にまた自宅待機令が出されるのではと言う噂が流れています。

2)火事
北部のイキケで火事が起き、なんと100件の家がほぼ全焼しました。被災者は400人になりそうとか。
一区画が全部燃えてしまったようです。その地区は家屋を不正に建てていたようで、消防車が中に入って消防作業を行いにくい状況だったと言われます。道路が適正に作られていないとか、消防栓がほどんど設置されていないと言う問題もあったのでしょう。しかしそんな大火事になるのを防げないのでしょうか。

3)肉の消費
一人当たりの1年の肉の消費が高いのは先ずアルゼンチンで38キロ。次いでアメリカの26キロ。3位はブラジルで25キロ。チリは20キロと世界5位でした。なんか上に書かれた公定歩合のケースと似たような順位ですね。
4)マプチェ問題 
 いつもと同じようですが、ラ・アラウカニア州は昨年、前年対比で36%も犯罪が増加しました。多くがマプチェ関連でしょうね。もっともそのほかの地区も犯罪は増加で、チリが危ない国になってきたのはテレビのニュースを見ていると感じます。
5)津波
 太平洋の火山が爆発したことで、多くの地域・国に津波の可能性が起きました。チリも津波が来ると判断され海岸地方への接近を禁止しました。警官・海軍が観光客などを海岸地区から遠ざけることを強制しました。もっとも今の段階では大きな被害は出ていません。


以上

チリの風  その973  2022年1月3日ー9日

今週は色々することも多く忙しかったです。
その中で5日間スポーツを楽しみました。
山歩きは仲間と第2展望台に。最高気温32度の日でしたが、涼しい風が吹いて助かりました。
小山の上の展望台で、寝転んで少しウトウト。贅沢な昼寝でした。
土曜日はサッカー教室。参加者は13名といつもより少なかったですが、楽しく練習。
ラソンもちゃんと10キロ走っています。

そして来週も月曜日から日曜日まで全部予定が入っています。
それがうれしいです。仕事は無いのにすることがあると言うのが。
私の住居を買いたいと言う人が来週、訪問してくるので掃除をしっかりします。

昨年書き上げた例の小説に関してですが、読者からの感想が入っています。
その中にクスコ周辺の観光地・遺跡の話が入ればもっと面白くなると言うのがあり、すぐに主人公がマチュピチュに行くストーリーを書きました。
終わった小説がまだ続くとは・・うれしいです。完成したらまた発表します。 

(政治)

1)ピニェラ動向
 南のタルカの病院の完成式に参加しました。
 それよりずっと重要なのは年金基礎の成立です。
 彼の提案の18.5万ペソが議会で承認されました。共産党は反対しましたが、野党の一部が賛成したので成立しました。
 18.5万ペソは年金生活者のほとんどに行き渡るとか。例えば現在、月に15万ペソをもらって いる人はその18.5万ペソが加わって次は33.5万ペソがもらえます。つまり合計になるわけです。年金が急に2倍になるなんて涙がこぼれるのではないでしょうか。もっと高い年金をもらっている人も、少しは手に入るらしい。例えば90万ペソの人は5千ペソが手に入るとか。ただその年金の原資について議会でもめているので、2月から支払いが始まるのは難しいかもしれないとか。共産党はこの年金の基礎として金持ちへの増税を要請しており、明日の議会で決定するらしい。
ピニェラも最後にヒットを飛ばしましたね。

ボリッチのニュースは今週は少し落ち着いてきましたが、今日は別でした。今日の新聞特集で3ページにわたって彼の家族の記事が出ました。両親の出会いから子供の教育とか。ただ欧州から来た祖父の話は書かれていません。そしてそ他の特集で彼の内閣に関して、大臣候補者の紹介がされました。
ところで現野党の中心政党の一つキリスト教民主党DCはボリッチ政権支援の立場を取るが、入閣して全面協力をする方針は無いと発表しました。
2)新憲法委員会
第1期の議長が任期を終え、第2期の議長・副議長が決まりました。しかし、その投票がなんと第9回目でした。
つまりその前の8回の投票では決まらなかったわけです。議長になるには議員の過半数、78票が必要ですが、数名の候補者が出ると、全員が20とか30票です。とても過半数には行きません。それならその候補者(もしくは候補者のバックのグループ)が他の候補者とネゴをする必要があるのですが、それがうまく行かず、初日はなんと16時間、8回の投票で結論が出ませんでした。
翌日、9回目の投票で新左翼のマリア・キンテロスが勝ちました。彼女はタルカ出身の新左翼ですが、議長になって「国民は争いに飽きている、何とか協力して仕事をすることが出来ないだろうか」とコメントしました。
この委員会で決定した新憲法ってチリにとって画期的な憲法になるのでしょうか?
とてもそんな風には見えませんが・・・

(経済)

1)物価上昇率IPC
昨年は7.27%と過去14年で最高の数字でした。
価格が上昇した主な種目はガソリン、牛肉、航空運賃、新車価格、パンとかが言われています。
IPCが7.2%上がると借金を持っている人は支払額がそれだけ上がります、泣いているでしょうね。
2)銅価格と為替
1ポンド4.36ドルと高値安定。今年もチリを支えてくれそうです。為替は1ドル839ペソとドル安になっています。
3)リチウムのテンダー
コデルコ銅公社がリチウムに手を出していますから「国と民間の両方が手を組むことも可能」とピニェラのコメントが出てます。ボリッチはどうしたいのかな?、
リチウムはチリにとって第2の銅になると言われることがありますが、規模としてはリチウムは銅の3%の規模にしかなりません。
ところでチリで算出したリチウムを使ってチリでバッテリーを作るべきだと言う声もありますが、そんな力があるかな?
4)最低賃金
33万7千ペソが今週から35万ペソに上がりました。上がって良かったと言うのか、そんな少しかと言うのか分かりません。それに労働時間週40時間を確認すると言う動きが出ています。
ボリッチにとってその最低賃金を50万ペソに大幅アップするのが政権初期の最高の目標と言われますが、もしそれが成立すれば、チリ経済にどんな影響を与えるでしょう。

(一般)

1)コロナ問題
 急に患者数が増え、半年前の混乱状況に戻っています。
 二日続けて患者数が3000名を越えました。感染率が5%まで上昇。陽性者数は先月より一気に66%も上がりました。
 ただ新変種の場合は病気になっても重症・死亡にはならないので、警戒を続けるのは当然だが、自宅待機にするなどの厳しい処置を取る必要性は無いのではと言うコメントも出ています。
確かに救急病棟の患者数は昨年6月の頃よりはまだ低い数字です。
感染率が高いのは北のアリカと南のマゼランですが、アリカで大規模な祭りがあり、飲んで踊って騒いだとか。もう緊張感がなくなってしまったわけですね。
ところで明日の月曜日から4回目のワクチンの接種が始まります。
 
さて隣国アルゼンチンが、先週の5万人から今週は1日で10万人超える日が続いていますが、そこの厚生省はこれ以上都市封鎖などの強制は拡大しないと発表しています。チリの10倍以上ですけれど、それほど脅威は無いのでしょうか???。
しかしこの4日からチリはアルゼンチンとの国境を開けました。メンドーサの方からアンデスを越えてアルゼンチン人が大挙してチリに入ってきています。私の感覚ならそれほどコロナ問題がひどい国から大量の観光客を受け入れるのは止めた方が良いと思いますが、チリ政府はそうは考えないようです。ただ国民にバケーションはチリ国内にして海外に行くのはやめてほしいとコメントしていますが。

2)マプチェ問題
国会でまた軍隊の南部駐屯延長が認められました。もう何回目か分かりませんが。
それでもまたバスに火がつけられ、混乱は継続です。
直接には関係ありませんが、山火事が継続で今年は昨年よりひどいとか。
3)移民問題
2015-17年にチリに移民した人の数は40万人でした。2018年から20年の間では6800人。
全く違った数字ですね。
土曜日の新聞に、その少なくなった移民の人のコメントとして、出来ればチリの国籍をもらいたい、失業してもすぐに帰国することを考えずここで再就職を狙うとしています。
4)交通事故
 年末年始の大きな動きの間で、交通事故が814件起こりました。そして28人が死亡しています。またアルコール・麻薬検査で268人が逮捕されました。お祭りで酒を飲んで運転するわけですね。


以上

チリの風  その972  2021年12月27日ー2022年1月2日

とうとう新年になりましたね。去年はあれだけ頑張ったのだから、今年もそれに輪をかけて行こうと思いたいですが、それほど世の中は甘くないでしょう。何とか楽しい日々を送れますように頑張ります。

晦日の日、仲間と山歩き。いつもの第1展望台に行きました。山岳公園がコロナで閉まっている時は除いて、週に1回のペースの山歩きを守りました。独り歩きでも仲間と一緒でも自然の中に入るのは楽しみです。
そして夜中に打ち上げ花火大会。私がいつも歩いているカランの丘から花火が上がります。近くの公園に大勢の人が集まり歓声を上げました。昨年は中止になっていますから、やはり正常化が進んできたわけです。
日曜日はマラソン練習。ちゃんと10キロを走りました。この習慣を継続したいです。
つまり2021年は最後まで決まりを守り、2022年もそれに沿って始まりました。
さぁ今年はどうなるかな?

さて今週、月曜日にサンティアゴの一部で雨になりました。その時、私は散歩をしていたのですが、ぽつぽつ雨が降ってきて道路を濡らしました。今頃の雨は珍しいです。その他は毎日、最高気温30度の日が続いています。

(政治)

1)ピニェラ動向
 12月の世論調査でピネラを支持するは27%、不支持は69%でした。それに添付されたコメントですが、2年前の社会騒乱がなければピニェラは政権の最後の時期を支持率80%で終えただろうとか。
つまり現状は歴代最低の人気だが、あれがなければ歴史上最高クラスだったとするわけです。その根拠が分かりませんが、どうしてそんなコメントをつけるのでしょう。政治的意味があるのでしょうか。
私は彼の政策が特に良かったとは思いませんが、コロナに関しては彼の政策を支持します。

新大統領のボリッチは、休みを取って故郷のプンタ・アレナスに。頻繁に行きますね。飛行機で4時間ほどかかるところです。マスコミは彼を追いかけます。もちろん彼を持ち上げると言うのは誰かの政策なのでしょうね。サンティアゴの新居とか、内縁の女性との関係とか。
初めての世論調査でボリッチを支持するは54%、不支持は46%でした。
35歳の若手が国をうまく運営する力はないと言う意見がありますが、逆に60にもなった老人が国を引っ張るのは無理だろうと言うコメントもあります。つまり年齢は許容範囲が広いと言うわけです。私はボリッチの後ろに誰かが隠れていて、彼を操っていると見ますが。今日の新聞に新内閣に共産党から何人入閣するかと書かれています。
先週、社会党の党首と面談しましたが、バチェレット時代の旧与党の3大政党だった、そのほかの2党のPPDとDCは新大統領にどうすり寄って行くのでしょう。
同じように現与党の大手の国民改革党RNの元党首で今回の大統領選挙に出たデスボルデは「党内のいざこざに嫌気がさしている。このままでは離党するしかない」とコメント。すると同党は彼を制裁処分にしました。元党首の人間ですよ。与野党ともに問題山積ですね。

年金援助法。これが今週の最大の話題です。ピニェラは最低年金を18.5万ペソにする法案を作り、それを議会に提出しました。すると野党から、何を嫌がらせするのだと言うクレームが出ています。普通なら、政府提案を、「そんな額なら国民を満足させられない、努力してもっと良い数字を持って来い」と言うのですが、3月から自分たちがそれを実行する責任があるので、「どこにその原資があるのだ、責任を擦り付けるな」とするわけです。大蔵大臣はこの原資は‥と説明し、責任をもって実行できますとにっこり。共産党は政府案に反対していますが、他の野党は来週の議会で賛成票を投じるかもしれません。同じように、ピニェラは保育園法を作り、仕事と育児で苦しむ母親を援助しようとしています。これも野党からクレームがでるのでしょうか?


2)新憲法委員会
 現委員長のマプチェの女性ロンコンは第1期が終わったので、その責を譲るようですが、彼女は私の任期中、現政府から援助を得ることが少なかったとコメントしています。政府もどうすればよいのか良く分からなかったのでは。
 2年前の社会混乱の時にピノチェットの憲法なんか破棄しようとするグループの勢いが大きくなりましたが、何が問題で何をしようとするのか分からないまま、とにかく新憲法準備となりました。つまり現在の委員だけでなく一般国民が現行憲法の何が悪いのか良く分かってないようです。じゃ、草案が出来たときの投票はどうなるのかな?ピノチェットの憲法を変えるなら何でも賛成と言うのではレベルが低すぎますね。

(経済)

1)経済成長率
  11月は8ヵ月連続で2桁成長になり、昨年1年間で11-14%の2桁成長は間違いないとか。
  予想通りの展開でした。失業率も順調に下がっています。
2)銅価格と為替
  銅の今年の平均価格は1ポンド4.23ドルと最高を記録。チリの困難な状況を救ってくれたわけです。今週は4.40ドルで終えました。為替は1ドル850
ペソでした。ところで為替は年平均で760ペソでした。対ドルでチリペソは世界3番目に落ち込んだとか。
3)リチウムのテンダー
  昨年10月からテンダーが始まりました。40万トンの採掘がオッファーされており、5社が参加しているとか。ボリスグループはそのテンダーをいっ
たん中止にして、新政権で結論を出したいとしています。もしそれが実現すると銅鉱山に投資している外国資本は安心 できま せんね、今は銅の
価格が上がっているので、数年前の経常収支の苦しみは消えていますが、政府の介入が出始めると、どう撤退するのが良いのか大問題になります。

4)銀行の利益
 なんと今年は昨年の2倍になったらしい。
 20%アップならまだ理解できるけど2倍になったと言うのは常識の外ですね。今年は投資をする人がそれだけ増えたのですね。

(一般)

1)コロナ問題
 今週は、良い傾向はありません。感染者数はそれほど伸びていませんが、感染率が上昇し連日2%を越えています。週末は3%を越えました。感染が治っていない患者の数も先週より増加です。もっとも新変種のオミクロンは風邪と同じくらいのレベルで大騒ぎすることはないと言う説もありますが。
所で隣国アルゼンチンですが、今週何と1日で50500人の新記録。その日のチリは1295人でした。人口の差はありますが、アルゼンチンの20倍の感染率は異常ですね。政府は何も手を打てないのかな?
チリに今週約80万人分のワクチンが到着しました。

移動パスの制限
今まで2回接種した人に移動パスが出されていました。それが1月1日から3回ワクチンを打った人だけに認められます。それで年末、ワクチン接種所に長い列が出来ました。3回目を打てなかった約100万人のパスが価値を失いました。
今年の中ごろには4回接種が義務付けられるのでしょうか。そうなると毎年2回の接種が義務付けられるのでしょうが、それは各自の健康に悪い影響を与えないのかな?

2)山火事
 やっぱり山火事の大半が自然ではなく人間が関係していたようです。
 ほとんど鎮火しましたが、それでも未だ11カ所で火事が継続です。合計で31000ヘクタールが燃えたらしい。
 それにマプチェが関連してきます。
 マプチェのグループの中で一番過激なグループはCAMと呼ばれるグループです。ボリッチは彼らと話し合いをしたいとしました。与党側から犯罪
グループと話し合いをするとは何事か。彼らは全員逮捕して裁判にかけるべきだと言っています。同グループのリーダーは武力闘争は続ける、それは
自分たちの権利だとしています。
欧州人がラテンアメリカで行った犯罪行為はどの国の教科書にも出ないようですね。チリでもたくさんあります。


以上

チリの風  その971 2021年12月20日ー26日

1年が過ぎていきますね。読者の皆さんにとって今年はどんな年だったでしょう。
家の外に出られなかった日が4か月以上あった昨年は悲しみ・苦しみの連続でしたが、今年は私にとって最高の年でした。
すべてが正常化したからです。サッカー教室・登山教室、そしてチリの歴史の授業など子供との関係が元に戻りました。アポキンドの滝の長いコースを歩き、マラソンも走って元気になりました。その「中高年の元気さ」がテレビ番組になったのも良い思い出です。そして今週、小説を書き終えることが出来ました。完成に協力してくれたチリ在住の先輩の今村さんに感謝します。小説の最後の部分が難しかったのですが、何とかうまくまとめました。読者に喜んでもらえると思います。このブログに全編が掲載されています。
白内障の手術もうまく行ったし、静脈血栓症の病気も悪化していません。健康に恵まれ、まだ飛んだり跳ねたりできます。
そうそう年初に10年ぶりに会社員になれたのも嬉しい思い出です。
嫁さんと二人でチリ南部の旅を8月にしました。11月の北部の旅は彼女の仕事の関係で中止になり、残念でした。去年の訪日計画はコロナで延期になりましたが、来年は行けるかな?
嫁さんとはうまく行っているし、二人の子供が社会人として活躍しているのがうれしいです。
さて今の住居は売りに出ていますから、多分、来年中に南部移住の夢が実現するかも。
年を取っても夢を追い続けています。

今週も最高気温30度の暑い日が続いたサンティアゴです。スポーツは5日楽しみました。山登りは4か月ぶりに近郊のマイポ渓谷に行ってトレッキングをしました。日曜日のマラソン練習は3名で走り、来年も頑張ろうと誓いました。

いつまでこんな幸運が続くか分かりませんが、幸せを感謝しながら生きています。

(政治)

1)ピニェラ動向
  月曜日、次期大統領のボリッチをモネダ宮殿に招いて会談。見た感じはまるで同僚・同グループの人間と話しているようで、敵対グループの二人には見えませんでした。来月の彼の最後の外遊になるコロンビア訪問にボリッチを招待しました。これに関しては賛否両論で違った外交政策を持つボリッチが同行するのはいかがなものかと言われています。
それからコロナのワクチン接種が始まった1年記念として関係者を呼んでお祝いをしました。このワクチンのおかげでチリ社会の安定が守れたとしました。
また多くのスポーツ選手をモネダ宮殿に招待して今年も頑張りましたねと褒めました。
2)新大統領の動き
 先週の大統領選挙は投票者数が830万人と新記録、ボリッチは55.9%で460万票。これも新記録でした。35歳の当選も最年少記録でした。
株式市場はその前の金曜日は4358ポイントでしたが、選挙の後の月曜日は4100を割るほどの下落。どうなるか恐れたのですね。それが意外と混乱は少なそうだと見えたので、週末4298まで戻りました。同じように為替も月曜日、大きくペソ安になりましたが、金曜日少し落ち着きました。
ボリッチは毎日、ニュースに出ています。彼の事務所は新モネダと呼ばれています。
現在の焦点は組閣問題です。彼の属する新左翼の政党には大臣をたくさん出す可能性はありません。共産党の党首が、彼が必要なら私たちはいつでも応援すると言っています。ボリッチは社会党の党首と面談しました。
私の心配は厚生年金問題です。左翼が言ってきた現行のシステムAFPを潰すことがどう実施されるかです。現行制度に問題があるから、こう変換すると言うならわかりますが、単純に潰してしまえでは混乱が起きるだけでしょう。政府がすべての責任を負うとして親方日の丸にすれば資本運営は、現在の日本とチリの例ではっきりしていますが、チリ式の方がうまく行っています。
チリが政府運営の新方式にして、それがうまく行かなければ一般市民が、何十年か後に年金をもらいだすときに苦しむことになるのですが。

 然し与野党とも分裂状態です。左翼系が勝ったから野党側は大喜びと思われるかもしれませんが、そんな雰囲気はありません。予備選挙に野党中心の3党(社会党、PPDそしてキリスト教民主党DC)は参加しませんでしたね、全く理解できない不始末。おまけに本戦で、候補になったDCのプロボステは下位低迷。誰が責任を取るのでしょう。
与党側も同じで最右翼のUDIと中道系の改革党RN、エボポリなどはちゃんと話が出来ていません。
新聞にピニェラが右翼で勝った唯一の大統領とする記事が出ましたが、これは私が先週書いたようにピノチェット崇拝の最右翼から候補者が出れば国民の多くは応援しないと言うこと同じです。
ラテンアメリカで多くの国が左翼化していると言われます。ブラジルも次の選挙で左翼が勝つだろうとか。しかしそれは国民の左翼化でしょうか。ブラジルの場合、現在の右翼の大統領があまりにもおかしいので、仕方なく左翼に戻すとみられています。チリの場合も右翼政党が極右候補を推したので、左翼が勝った可能性もあります。単純に左翼が人気があるわけではないですね。右翼も左翼もひどいのがアルゼンチンですね。破綻寸前のようです。

3)新憲法委員会
 まずボリッチが訪問し、委員会議長のマプチェの女性と面談しました。
 それからバチェレット前大統領が訪問し、「皆さんが将来のチリを代表しています」と励ますのか、圧力をかけているのか分からないコメントをしました。バチェレットの影響力はこれからも強くなるのかな?

(経済)

1)来年のチリ経済は厳しい・困難な状況が予想されると言われていますから、次期政権で誰が大蔵大臣・経済大臣になるかが注目されています。その二人の力で正常化が図られるのですから。
2)銅価格と為替
 銅価格はポンド当たり4.34ドルと上昇。為替は1ドル864ペソとペソ安になりました。
3)サクランボ
サクランボの輸出は年間20億ドルとワインと並んでいます。1997年は6400トンの輸出だったのですが、2008年に44500トンに、2018年は186000トンに。そして2022年の予想は387000トンです。昨年初めの中国での汚染が大問題になりましたが、生産者は中国以外は考えられない。他の国への輸出も実施しているがもっともよい製品は中国に送っているとコメント。この先どうなるのでしょうか。

(一般)

1)コロナ問題
  水曜日の陽性率は1.68%と10月9日以来の低い数字でした。毎週、状況が良くなっています。
  厚生大臣は第4回目の接種は来年2月15日以降を考えるとしました。
  クリスマスと年末年始に国民が騒げば、来年2月にまたコロナの悪い波が押し寄せると言う注意が出ています。今年9月の建国記念の時と同じ注意書きですね。もっとも新変異種はそれほど大きな影響を与えないと言うニュースもありますが。
2)マプチェ問題
 アラウカニア州で3カ所の森林火災が発生。家屋への放火もありました。また銀行ギャングを逮捕しようとした警察との銃撃戦で犯人の一人が死亡。現在、森林火災は一番燃えているのは9000ヘクタールまで燃えており、取り調べをしている警官が2名負傷したとか。
これらは偶然、同じ地区で起こったのでしょうか、それともその背後には同じグループが存在するのでしょうか。
その近くの州でも数台の重機が放火されました。また森林火災は多くの所で起きています。
南部に軍隊を派遣しテロ活動を抑えることになっていますが、こうして毎日・毎週同じような事件が起きるのは悲しいことです。ボリッチは少しは問題を軽減できるかな?
大統領選挙が終わって1週間たちました。今の所、大掛かりなデモや騒動は起こっていません。しかし次の政権時にアジェンデ政権の時のような、混乱が起こると言う噂は出ています。


以上

チリの風 番外編 小説「情熱」 その4:第9章~第10章 完

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第9章

どこで聞いたのか、フェナンドが真っ先に来た。
「おっ、燃えてるな」
アルベルトは荷物を片付け始めていた。
「目がギンギンだぜ。そうでなくっちゃ。俺はもう腐った魚のような眼の人間ばかり見ているから、お前の眼を見るだけで幸せになるぜ。いよいよやるんだな。すごいじゃないか。お前は全くジュリアン・ソレルだよ」
フェルナンドは一気にまくし立てた。アルベルトは苦笑しながら答えた。
「ジュリアン・ソレルとは良かったな。それで彼の真似をして赤いセーターに黒いズボンなのかい?」 
ジュリアン。ソレルはフランスの小説「赤と黒」の主人公で下層階級の出身だが、上のクラスを目指して駆け上っていく。
「冗談きついぜ。俺だって本くらい読む。チンピラの中ではインテリと言われている。いや、そんなことより何か頼みたいことはないか?何でもしてやるぜ」
フェルナンドはまるで自分がアルベルトをそそのかしたかのように、彼の出発をドキドキしながら見ていた。

この前、村に戻った時、部屋の片隅に歴史の本とか、アプラの機関紙が置かれていたのをちらっと見た。それで、自分にはもう不要なランプをどうにかして兄の所に届けてたいと思っていたから、アルベルトはそれにすぐに反応した。
「兄ちゃんの所に、この灯油ランプを持って行ってくれないか?これさえあれば、彼は夜にゆっくり本が読めるもんな」
「お安い御用さ。すぐに持っていくよ」

何人も友人が来て、帰って行ったあと、マリアが入って来た。彼女は泣いていた。フェルナンドはそのときまだいたけど、すぐに立ち上がった。
「フェルナンド、明日、俺が出て行った後、ここに残った荷物は全部君のものだ。どうとでも処分してくれ。頼んだよ」
「分かった。元気で行ってくれ。いつかお前の噂がリマから流れてくるのを楽しみにしているぜ」
アルベルトとフェルナンドはしっかり抱き合った。

フェルナンドがマリアにウィンクして出て行ったのをアルベルトは気づかなかった。フェルナンドが行ってしまってもマリアは泣いていた。
「マリア、こっちにおいでよ」
アルベルトはマリアをベッドの隅に座らせた。
しかし今、謝るべきか、彼女を励ますべきか、それともなんか釈明すべきか分からなかった。出発の喜びを言う時ではないとは分かっていた。
言葉の選択をしているだけで時間がたっていく。
会話はマリアから始まった。
「行かないで、アルベルト。行かないで。もう一度考えて。もう一日待って。あなたは浮かされている。だからもう一日待って」
「できないな。マリア。明日なんだ」
「お願い、行かないで」
マリアはまだ少し泣きながら話をした。同じことを繰り返した。
「止めてくれ、マリア。お願いだ。行かせてくれ。俺は行きたいんだ。ダメだったらあっさり戻って来るよ。今みたいに。一日で戻ってくるかもしれない、寂しいって言って。その時は笑わないでくれるかな。でも、いいだろ、行ってきたんだから。本人の気が済めばそれで十分」
自分の言葉に乗せられてアルベルトは話し続ける、
「そんなんじゃないわ。もうあなたは自分を失っている。ただしゃべっているだけよ」
マリアは泣くのを止めてアルベルトを見つめた。
「あなたはもうここには戻ってこない。私の所に戻ってこない。あなたは・・・」
言葉の切れないうちにアルベルトは両手でマリアの顔を包んだ、二人は黙って目を見つめあった。そのまま数分経った。
すべての空気が沈黙した。
次の一瞬、アルベルトは「行く」、マリアは「行かないで」と叫んだ。
マリアはアルベルトにしがみ付いて泣き始めた。その勢いで二人はベッドに倒れこんだ。
マリアはアルベルトの胸の中で泣きじゃくった。
「どうしても?ねぇ、アルベルト、どうしても?悪かったわ、叫んだりして。もう泣かないわ。でも今晩、遅くまでここにいても良い?帰りたくないの」
「いいけど、叱られないかい?」
「いいの」 
ベッドに並んで横になって話が続いた。

最初に会った頃の話から始まったが、
「もう5年もたったんだね」とアルベルト。
「あなたも随分、大人になったわ」マリアが応える。
その次に二人に共通の友人の話になった。
「ところでコーヒー飲むかい?」「ええ、お願い」
クスコの近くのキジャバンバでコーヒーが取れるので、ここではおいしいコーヒーが飲める。
「ねぇ,アルベルト。フェルナンドは良い友だち?」
「そうだよ、どうして?」
[私,あの人嫌いよ。ずっと前、あの人、私に付きまとっていたことがあるの」
「本当?知らなかった」
「私の家の所に毎晩来てたの。その事で、私の父にすごく文句を言われたので、諦めたみたいだけど、それを逆恨みしたの。私があなたを好きなことを知っているので、あなたの事務所のテレサさんに近づいていろいろ言ったのよ」
「えっ、何だって」
突然、テレサの名前が出たのでアルベルトは焦った。
「びっくりした?フェルナンドがテレサさんに、アルベルトはあなたに気があるから、ちょっとからかってみな。小僧っ子だけど、からかうと面白いぜ。と言ったのよ」
アルベルトはもうコーヒーどころではなく顔色が変わった。
「あなたはその通り、あの人に振り回されたわ」
アルベルトはしばらく下を向いていたが、「許してくれ」とつぶやいた。
遅すぎるか、こんなことになるとは,と自責の念があふれた。
マリアはしっかりとした口調で言った。
「今日と言う日はこれからの人生の最初の日と言う諺があるわ。だから決して遅すぎはしない。もう一度考えて。あと一日だけ出発を送らせて」
「頼むよ、もう繰り返さないでくれ。君は僕をそんなに愛してくれている。なのに僕は君に胸が張り裂けるほどの苦しみしか上げられないんだ。それが僕なんだ。僕の人生なんだ」

二人は言葉を失ったまま抱き合った。
長い時間がたってからアルベルトが口を開いた。
「ねぇ、マリア。ずっと前にサクサワマンの遺跡の後ろの丘に登った時、人生は風だっ
て話し合ったよね。確かあの時は,話が途中までになってしまったけど、あの話をもう一度してよ。なんだか、君の意見が聞きたくなった」
「大したことはないわ。いつかふと思ったの。人生は風だって。どこから吹いてくるのか、どこへ行くのか分からないのが風でしょう。人生と同じだわ。それに風は動いているわね、止まることなく。強くまた弱く。そして止まった時が風の終わりよ」
「人生の終わりかい?」
「かもしれない。そしてまた新しい風が生まれる。風は自由、どこへでも吹いていく。それが人生じゃない?」
「でも、マリア、僕には君はずいぶん達観しているように思えるな。じゃ、リマに行くんだって喚いている僕は見苦しいだろう?」
「そんなことないわ。あなたの夢って素敵よ。風に行き止まりなんかないわ。回れ右っていうのはあるかもしれないけど」
「風みたいにいつも無色でいられると言いな。だんだん薄汚れていくって考えると死にたくなる」
「年の事?だめよ、本当に風なら右や左に旋風を巻いても、後悔とか後ろめたさ、そして嘘・残念とか諦め・・・そんな感情が入る余地はないのよ。それできっとうまく行くはず」
「ありがとう、勇気が湧いて来たよ。でも、さっきはずいぶん、僕がリマに行くのに反対していたのに」
「今でもそうよ。離れたくないから、それだけよ」
「じゃ、リマに一緒に行かないかい?今でなくても、しばらくしてからでも」
「だめよ、アルベルト。私はここでしか生きていけない。クスコの人間よ。もう話は散々聞かされているわ。リマに出て行った人の話をね。私たちインディオは高地のここが性に会っているのよ。低地のあんなごみごみした所で、ケチュア語の全然分からない人と一緒に住んでいけないわ。外国よ、私にとっては」
「僕たち、どうなるのかな?また会えるよね」
マリアが答えないので再度口を開きアルベルトは言った。
「だって風だったら、きっと巡り合えるよ」
「・・・・・」

アルベルトは心の不安を抑えようと、一方的に話をしたが、マリアはアルベルトの肩に顔をうずめていた。
自分はマリアを愛している。彼女と人生を共有したい。これからもずっと。じゃ、どうしてこんな風に別れてしまうのか。そう考える自分とリマに行こうとする自分は何が違うのか。

「愛しているわ。今日でもう会えなくても」
マリアの最後の言葉だった。アルベルトも自分の言葉が全く意味をなくしていることに気づき愚かなおしゃべりを止めた。
マリアとアルベルトの二つの風は、高く低くいつまでも走り続けた。
マリアが家に帰るまで。

第10章

次の日、 アルベルトは11時半のリマ行き最終便に乗った。
以前、自分が働いていた店を遠くから見るのは不思議な気がした。搭乗手続きをし荷物を預けてから、その土産物屋店の地区に向かった。マリアに挨拶をするためだ。この旅は二人にとって、ほんの数か月なのか、永遠の別れになるのか分からないが。

マリアは昨晩、彼と別れてから、もう彼にリマに行かないでと言うのは止めると決めた。その頼みは現在の彼には意味をなさないからだ。彼がリマで成功するかどうかわからない。さらにそのままリマに住み着くのかもわからない。しかし彼女の心の底には。リマでの成功の是非にかかわらず、彼はクスコに戻ってくる。そして私の所に来ると信じたのだった。
二人は涙をにじませた目で見つめあい、ほとんど言葉を交わすこともなく最後に抱き合った。

彼は飛行機に乗るのは初めてだった。窓から下にクスコを見ると、自分はそこから離れていくと言う不思議な感覚を持った。今までの歴史はこうして消えていくのだろうかと不安もあった。     
アンデスの山を越えると平野になり、リマが近づく。

飛行機を降りて荷物を受け取り、バス乗り場に急いだ。行先は決まっている。クスコ旅行社のリマ本店に宿泊所を照会したら、大学生が入る寮を教えてくれた。すぐにその提案を採用し、電話で予約を入れたわけだ。

1時間もするとその場所に着いた。もちろん初めての大都会、初めての地区、初めての経験でドキドキするが、それを自分で手探りで探し当てたと言う喜びは大きい。
そこは1室に2つのベッドがあり、部屋をシェアーすることになっている。トイレは共通で部屋にはない。その他にキッチン・食堂も用意されていた。もちろんアルベルトは気に入って契約をした。彼の計算では仕事がなくても食事を含め3か月は生き延びれるはずだった。
同宿舎のカルロスはその時はいなかった。
夕方彼が戻ってきて、自己紹介を始めた。
「俺は国立サン・マルコス大学で勉強している。(注 その大学は1551年に創立された南米で一番古い大学。そこから野口英世名誉博士号を受領している)もっともアルバイトして生活費を稼ぐ必要があるんだが。お前はクスコから来たんだったらクスコ大学の学生だろうな」
そう言われると自然に回答が出た。
「そうだよ、クスコ大学さ」
その瞬間に頭に大きな打撃が入った。自分を嘘をついている。
次の瞬間に、新しい嘘が出た。
「いや学生だった。政治的活動をしたので退学させられた」と言ってしまった。
嘘を少しでも薄めようとしたのだろうか。
長い会話の後、最後に、この週末にパーティがあるから一緒に行かないかと誘われた。もちろん、快諾した。
ベッドに入ってリマでの最初の夜を過ごすときに、自分の嘘に関して考え始めた。嘘をつくなとするインカの教えを子供の頃から実践してきたのに、それをどうして破ったのか。他の人への見せかけのために。自分の価値が下がったことを感じる。自分も嘘つきペルー人の一人だと。

翌日からアルベルトはリマの街を歩き始めた。先ずはカルロスに教えてもらってバスに乗ってから大学構内に行く道を歩いた。全く違和感はなかった。自分はここで学生として勉強できると感じた。そしてそこの学生食堂で昼食を取った。もちろんクスコのレストランよりずっと安い値段だった。学生向けだから当然だろう。
これで夕食を自分で作れば、当初の予定よりもっと余裕が出てくる。クスコにいるときから、食事を自分で作れるようになっていたのが役に立った。
週末のそのパーティには10数人が集会所に集まり、会費を払ったが、テーブルに置かれた飲み物と軽いスナックを楽しみながら話が弾んだ。大半が大学生だった。いろんな人と話をしたが、アルベルトは全く正常に全員と会話を楽しんだ。インディオと馬鹿にされることはなかった。

その中の一人、カタリーナと話が進み、次は二人で会うことになった。白人の女性とのデートの約束だ。
親父がインディオの男が白人と歩くのは厳しい目で見られると言っていたが、今でもそうなのか、今はかなり緩んでいるのか、経験がないし、知人もいないからわからない。
その日、街の中で会って、二人は公園に向かって歩いた。途中で、まるで今までもそうだったかのように手をつないだ。親父がこれを見たら何と言うだろう。
アルベルトの考えは他の男女のデートと大きく異なっていた。彼女との関係をどう進めるかではなく、彼女と歩くのはどう見られるかと心配していた。もちろん、二人の間では、何をしているか、何をしたいかなど大人になる前の青年が話す通常の話題を楽しんだ。彼女は、「もしカルロスみたいに仕事がしたいなら、父に頼めばすぐに見つかるわよ」と言った。
父の親友が会社を持っていて、そこで人を捜しているからとか。

また新しい風が、しかも迅速に近づいてくる。自分は幸運な人間だとアルベルトは感じた。
クスコの時と同じように、次の日から働き始めた。
すべてが順調に進んでいるように見える。
クスコにいる時よりずっと充実している。希望が自分の手の中にあるのを感じる。

珍しく、週末のリマに雨が降っている。
もちろん山間部のクスコのように雨空が全天を覆うような堂々とした雨ではないが。
同宿のカルロスは1週間、アレキパに向かったので一人になった。
土曜なので仕事はなく、外に出ることもなく部屋の中にいた。アルベルトは表面的には成功しているように見えるが、自分の生活力がいかにもろいものかと言うことをしっかり理解している。
実際、親父は短かったかもしれないが、リマでの生活を自分の手で築いた。
ところが、この自分はそれを嘘で始めてしまった。
クスコ大学の学生だと言ったのがその始まりで、政治的活動をしたので退学させられたと言ってしまった。最後にここで何かを学んでそのうちクスコに戻ると言っている。それは本当だが。

今の会社はカタリーナの父親の縁故で入ったものだから、経歴詐欺で解雇されても何とも言えない。
もっとも仕事の話が出たとき,「私は経歴はないことにして履歴書は出さない。従って見習で採用しほしい」とし、「その後、私の仕事が認められたら正式契約を結んでほしい」と逃げた。
嘘はついたが、それを書いたもので残さないよう狙ったわけだ。

仕事は順調に覚え、うまく行っている。
そこは商社で、仕入れをして販売をする。消費者に売るのではなく小売店に。つまり利益が少ないので大量販売する必要があった。どこから買うか、どこに売るかが最大の課題になる。入社した時の給料は20000円だった。クスコ旅行社の時の給料・チップの合計よりは下がったが、家賃がこっちの方が安いので、実際はそれほど大きな差はない。
入社してすぐに仕事でミスをした。単純なエラーで計算を過ち、収益が実際以上に計上されてしまった。課長の皮肉が心に応えた。

付き合い始めてしばらくしてから、カタリーナが僕に愛していると言った。そうなれば良いと今まで思っていたから、大成功と言えるが、今の自分には荷が重い。
カタリーナの両親はずいぶん親切にしてくれる。今日も昼食に招待し歓迎してくれた。
初めて彼らの家に行ったときは緊張した。白人家族の家に行ったことがなかったからだ。もちろん、少し落ち着てから、インディオの家族とどう違うのか、どうすれば彼らのレベルに自分たちが近づけるのかと考え始めた。カタリーナの父は農林省の役人で、彼女の兄は現在、ペルー南部で就職している。

アルベルトの考えは、以前から考えていたように、教育が両者の間の大きな差になっているというのが結論になった。
義務教育だけでなくその上のクラスに、どうすればもっと多くのインディオの子供を送れるかと言うことになる。無料教育の他に国がその子供に奨学金を出すのが一番、簡単で有効な方策と考えられた。

ところで、何回か招待されてから、カタリーナの両親から、二人がこれからも仲良く付き合って、最終目標まで行ければよいのにと、まるで僕たちの結婚を認めていると言うような発言もあった。つまり白人とインディオの間に飛び越せない溝は無いと言うことが確認されたわけだ。村で人種問題を何回も話し合ったが、こうしてまた聞きではなく自分自身で、平等は有りうると言うことが分かった。

今の僕が認められているのだから、過去の嘘は気にしないでもいいじゃないかと心のどこかで思っている。もちろんインカの掟からそんな風に逃げているのかもしれない。
しかしクスコにいるときは孤独感とか疎外感を味わったことはなかったのに、ここに来て最近随分寂しく感じる。こんなに人が周りにたくさんいるのに。それは自分の心の問題から来るのだろう。

クスコを出て随分たった。
クスコの思い出が、こんなにも自分に染みついて消えないとは思っていなかった。
あんな子供頃の思い出が、頭の中に大きなスペースを占めている。その頃の自分なんて何の価値もないとさえ思っていたのに。今となっては懐かしくてたまらない。
もちろん、マリアと過ごした二人の時間が替えがたい値打ちを持っている。そのためリマにいる自分は人生を楽しんでいるのか、無駄に過ごしているのかはっきりしない。

いつものメンバーで、カタリーナを含め6名でワラスの方に週末キャンプに行くことになった。彼女は時々、インディオがいなければペルーはもっと発展するのにと言った類いの発言をする。
その週末のキャンプは無事に終わり、宿舎に戻って来た。
違う週末に、ディスコに行った。カタリーナたちははしゃぎまくる。金持ちたちのいやらしさが我慢できない。
もう人生が終わったと言う気がすることがある。もう何だか、世界をみんな見てしまった気がすることがある。
21歳の自分が世界を見終えるなんてありえないが、31歳の人や41歳の人はどう言うだろう。でも、これから先の10年・20年で自分が何をできるか考えたら、もうこれ以上、付け加えることはないような気がする。
純粋さの替わりに狡猾さ、恥じらいの替わりに傲慢さ、神々しさの替わりに厚かましさ。醜さが自分についていくのが目に見えるようだ。リマに来てなにを学んだのか。何をやったのか。

仕事の話では、彼の経営改善案が取り上げられた。在庫管理の徹底と人員の適正配置が重要とした。それに季節的な労働量の変化を、ただ労働者の増減と言うように安易に考えず、仕事量の平均化を図り、労働者を定着させ、質を向上させるべきとした。
カタリーナの父親も随分ほめてくれた。

カタリーナと二人でいるのが難しい。
カタリーナと付き合い始めてかなりになるが、本当に彼女を愛しているのだろうかと思う。燃え上がる喜びなんか感じたことはない、彼女が白人だから、最初デートをしたときはうれしかった。その頃を思い出すと逆に惨めな気になる。クスコ旅行社でテレサに憧れたことがあったが、カタリーナと恋愛関係になっても嬉しいとか満ち足りたと言う気持ちがしない。

一人でいると耐え難い、何もする気にならないのだが、その癖、何かしなくてはと言う思いにとらわれる。

彼女と別れるのは簡単だが、それはこの仕事を止めることにつながるだろう。カタリーナの父親が私のことを調べれば、嘘がすべてバレるだろうから。
しかしそれを避けるために彼女といる、彼女の恋人になると言うのは耐え難い。
もちろん、考えられるのは貯めた貯金をすべて持ってクスコに戻り、そこで仕事を始めることだ。もちろんマリアに会えるだろう。今は時々、手紙のやり取りをしているが、電話で話したことはほとんどない。フェルナンドもリマまでは情報網がないから、ここで自分に起こっていることを把握はしていないだろう。クスコへは手紙が送れるが、その奥の村には郵便システムがなく、親には手紙が書けない。

営業がうまく進み、安定した会社経営が続いてる。つまり現行の経営方針は正解と言うことになる。そしてそれをいかに改善していくかが次の課題になる。
アルベルトは履歴書も書かず、見習で入社したが、その後、順調に自分のいる場所を確保していった。中小企業だから、そのまま行くと係長・課長・部長に進むだろうと思われた。
カタリーナの父がそれを教えてくれる。

しかし思いもかけぬところで、破綻が入った。
ある日、社長のマルチネスが彼を呼んだ。
「アルベルト君。君は毎日良く働いている。その毎日の努力が積み重なって実績となっている。他の誰にもまして会社に貢献しているのは明白だ。そこで君を昇進させようと考える。君は入社した時は2万円の給料だった。1年後に昇給して2.5万円になった。そして今回、まだ若いから部長は無理だが、課長なら大丈夫だろう。明日から君を本社の課長にしたい。給料も上がるし、役職手当がつく。つまり課長の給料は合計5万円になる。しかし、その手続きをするために君の履歴書が必要だ。すぐに用意して明日、総務の方に渡してくれないか、頼んだぞ」

一晩、ほとんど眠らないで考えた。嘘を確認するか、嘘は止めて正直な自分に戻るかだ。
課長で5万円なら、部長ならもっと上がるだろう。この会社が発展すれば、自分の将来は完璧になる。しかし嘘をついてその地位を確保するのは、インカとして認められる・許されることだろうか。
親父は何と言う?「アルベルト、そこから戻ってこい」だろうな。

母ちゃんや姉ちゃんの死を忘れられない自分はこんな虚偽の人生を楽しめるはずがない。じゃ何故、今までここにいたのだと言われれば、面子をなくすが、こうした局面で、それを忘れて嘘つきを続けることは不可能だ。

ここから逃げ出すのではなく、社長とカタリーナの父親に正直に頭を下げよう。それから後始末をしてきれいに辞めよう。荷物をまとめてクスコに帰るのだ。
今までの自分を見れば、仕事はどこからか回ってくるのは間違いないだろう。

翌朝、社長室でマルチネス社長と向かい合った。
「アルベルト、もう履歴書は総務部に提出したかい?」
「実は、その件でお話しさせてもらいたいのですが」
社長は怪訝な顔をする。全く何を話すのか想像できないからだ。
「私は嘘をついていました」
アルベルトは言い訳ををするのではなく、淡々と真実を語った。
山の中に住んでいた時期から、クスコに移って、実施した3つの仕事を語った。そこを出て
リマに来たこと。そこでカタリーナに知り合う。彼女の父親の助けで、この会社に
入れたこと。
つまり、学歴に関しては小学校の卒業だけで、その上の学校には全く関係していない。
自分が言ってきた学歴はすべて嘘でしたと結んだ。
ただクスコの3社で働いたので、その経験が生かされてここでの実績になったとした。

マルチネスは驚いて口を開けたままボケっとしてしまった。

「よし、出て行きなさい」とだけアルベルトに言った。
「幹部職員会議をして結論を出す。君はこの事務所に残っているように」
そして上級社員を緊急招集した。

アルベルトは決心しているから、会議がどう動こうと驚きはしない。しかし、ここを逃げ出そうとも思っていない。ちゃんと解雇を宣言されてから、この事務所から出て行こう。それが彼の決心だった。

この段階で彼は結論を出していた。早急にクスコに戻る。生活費を稼ぐため、民芸品の店を開く、空港か市内に。費用と所持金を計算しながら。そこで助手としてマリアに働いてもらう。
私生活では彼女と結婚する。親父が言ったように愛はカネでは買えない。
しかし、ここに新しい局面が入る。それは政治への参加だ。確かにキューバのような軍事革命を考えることはしない。しかしインディオを保護、援助する組織としての政党に入る。もしくは新しい党を作る。そしてペルーの中にしっかりした足場を築きたい。左翼でも右翼でもない、インカ党だ。もう2度と学歴の嘘はつかない。小学校卒で、皆さんのために働きたいとする。有名人にも権力者にもなりたくないが、他の人を助ける仕事を一生続けたい。
もちろんクスコ・リマでの仕事の経験は大きな基礎として使えるだろう。

会社の結論を待つ1時間半の間でここまで考えをまとめた。

マルチネスからお呼びが入った。
「会議室に来てくれ」
課長職以上の6名がそこにいた。明るい顔をしたのは一人もいなかった。逆に顔が引きつっているとさえアルベルトには思えた。
「結論を言う。君は虚偽の情報を使用して入社した。従ってそれが明白になった今日で、本社の職から外れる。ただし、将来の可能性として君とのコンタクトは残しておきたい。君の虚偽の履歴ははっきりしたが、逆に君の今日まで見せてきた仕事ぶり・能力はここで働くのに十分な価値がある。
じゃ何故、解雇するのだと言われそうだが、詐称使用は認められない事が第1だからだ。
しかし、君の能力を知ったので、その真実の資格で、つまり小学卒として君を再度、雇用することは考えられる。それは当社がクスコに支店を出す時、そこで働けばどうだろうとするものだ。いつからと言う細かいことはまだ決まっていない。しかしいつかの段階で、それが実行されるのは間違いない。だからこそ、君とコンタクトを残しておきたいと言うわけだ。
君の方から時々、様子を知らせる手紙を送ってくれないか、それは私たちにとって重要な情報になるだろう。
こういう条件から、今月分の給料は全額払う、それから1年で1か月として2年分の退職金を支払う。
さらに将来のコンタクトの費用として、もう1か月分の特別ボーナスを出す。
これが今日の会議の結論だ」

また新しい風が吹いた。アルベルトにとってこの結論は、会社を首になったのか転勤になったのか分からないほど良いニュースだった。
リマを去ってクスコに戻る作業が始まった。

カタリーナとその両親にコンタクトする。その夜、彼らの家を訪問した。
先ず、長い間の三人の援助、暖かい交流を感謝した。正直に、自分のついた嘘から退職することになり、故郷のクスコに戻ることになったと告げた。
直接は言わなかったが、カタリーナとの愛はここで終わる。カタリーナと一緒になりたいから新しい仕事をリマで探す気はないし、彼女を連れてクスコに戻る気もない。
このニュースを聞いた三人にはショックだったが、大きな問題はなかった。マリアが泣き叫んだのとは全く異なり、カタリーナは軽くお別れのキスをしただけだった。父親は彼を抱きしめ、君は優秀な人間だとほめる言葉を送った。母親はあなたのことは忘れられないでしょうと優しく挨拶した。     
アルベルトは彼ら三人に会わなければ、リマでの生活は大きく違っていたことを理解していた。従って、今日の挨拶・お礼は口先ではなく、心の底からの表現だった。彼らに会えて幸運だった。アルベルトは彼らの家を出て自分の住居に戻る。

思い出す、クスコを出た最後の日の混乱の様子を。しかし、今は違う。前回と同じように毎日の生活を全て新しくするのだが、クスコでの新生活では安心と安定が予想される。
何をするか、何が出来るか、何を望むかはちゃんと頭の中に入っている。
先ず飛行場でマリアに会って、自分の情況・考えを伝える。もし彼女が自分を受け入れてくれるなら、結婚したいと告げる。
住居は以前住んでいたところにしたい。そこが無理なら、その近くの部屋を捜す。
そしてクスコで住む場所が決まったら、商売のための店舗を捜す。商品の仕入れとか販売は経験があるから全く心配はない。
もちろん、リマの商社とコンタクトを続け、彼らがクスコ支店を設けるときは、土産物店とは別に、その支店長として働くことになるだろう。
それから興味があるのはインカ党で、既存のグループもしくは政党とコンタクトし、インディオ保護・援助のアイデアを実行したい。それがうまく行かなければ新グループ設立を図りたい。可能なら県会議員や国会議員になって仲間のインディオを助けたい。
もっと小さなことだが、クスコ周辺の学校への援助を即時提案したい。例えば、先生の数を増やす、生徒に給食を用意するなどだ。もちろん、奨学金もそのアイデアの一つになるだろう。  
話は変わるが、兄とは今までコンタクトがなかったが、クスコに戻った自分の計画に彼がどのように関わってくれるか楽しみだ。その時は、父は村で一人暮らしになるのかな?それともクスコに出てきて、兄の場合と同じく自分の事業・計画に参加してくれるかな?

さぁ、クスコで、どんな風がアルベルトを待っているだろう。彼はリマの空港でクスコ行きの便を待っている。


チリの風 番外編 小説「情熱」 その3:第7章~第8章

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第7章

アルツロ親子は自分たちの家に戻った。火を起こし、先ず茶を入れる。飲み終わると、パチパチと火の音があたりの重い静けさを、時々破るが、それ以外は咳一つない。
「なんて言う人生だったのだ」弟が口を切った。
「貧しい中で働き、惨めに死んでいくなんて。なんて言う人生だったのだ。俺は姉ちゃんが好きだった。随分と優しくしてくれた。兄ちゃん、そうだろ。厳しい毎日でも愚痴一つこぼさず・・・何てことだ。一体、俺たちの神様はどこにいるんだ。くそったれが」
「そんな風に言うんじゃない。これも神の思し召しだよ。決められたことだよ。何事も悪く言ってはいけない。誰もが、それぞれの力を出して生きているんだ。そう、成るようにしか成らないんだ」
父親は飲み終えたコップを手にして、つぶやくような声で話した。
「何で、俺たちが貧乏で、山の上のこんなところに住んで、町のあいつらに見下されていなければいけないんだよ。人間は平等とか、生まれながらに自由だとか、学校でも教会でも聞いたけどな。いったいこの現実はどうなんだ。兄ちゃん、俺は今、働いている。そして金を貯めている。あいつらに負けないように。遊びになんか行かないよ。勉強ばっかりだ。俺はもうインディオと馬鹿にされながら生活するなんて嫌だよ。俺はいつかリマに行く。事業を起こしたいんだ。最初は小さな商売でもね。俺は成功したい。他人を蹴落としてでも上昇したいんだ。そんなことを本気で思っている。いったん気を抜くと、今の暮らしに満足してしまう。するともう絶対動けない。貧乏に慣れちゃうと、意欲まで無くなってしまう」
長い間、はけ口を見いだせなかったアルベルトが一気にぶちまける。
しかし、それが許されるのは家庭・肉親と言う暖かさの中にいるからだが、アルベルトはそこまで気が付かなかった。
兄はとうとう最後まで一言も口をきかず炎を見つめているだけだった。
アルベルトはふとそれに気づいて言った。
「兄ちゃん、どうして黙っているんだ。馬鹿になったのか?」言い終わって拙いことを言ったと思ったが、元には戻されない。
アルバロは父と同じように低い声で、しかし力強く話し始めた。
アリシアの事を考えていたんだ。アリシアは美しかった。お前が今、着ているようなきれいな服は着たことがなかったが、それでもやっぱり美しかった。お前のような暮らしはおくれなかったが、彼女はそれでも幸せだった。しかし、お前が思い煩っているようなことを悩むことはなかっただろう。子供の成長を喜び、夫との労働に感謝をしていた。貧乏かどうかは人間の本質ではないんだ」
「それはごまかしさ。そんな風に思って騙され続けてきたんだ。すべてが、あいつらと同じようなレベルになったら、初めてそう言えるんだ。アリシアだって金があって、医者にかかって、もっと良い薬を飲んでいれば死なずにすんだんじゃないか」
アルベルトは突然、泣き出し、もうわめいているような大声でしゃべり続けた。
「公式論や美しい人生論はもう飽きたんだよ。現実はどうなんだ、現実は。田舎のインディオの家に生まれたのと、町の白人の家に生まれたのは運が良かった・悪かったと言うことだけで済まされるのか。もともとここは俺たちインディオの土地ではないか、ペルー人だって、元々のペルー人は俺たちだ。それをスペイン人が来て汚い手を使いやがってインカを滅ぼし、その後のあくどい手口はどうだ。教科書にまともに書けない歴史じゃないか。インディオを奴隷として死ぬまで鉱山で使い、その一方、インディオの女性に自分たちの子供を犬か猫のように生ませていったのだ。それが混血児だろう。
そして、そのスペイン人直系の子孫が、悪者の子孫が、なぜ今も俺たちの上にふんぞり返っているんだ。
おまけに彼らの人殺しは罪にならないが、インディオ の側では逆だ。ツパック・アムルーの場合は反逆罪で死刑になっている。それが頭に来るんだ。都合の良いときは法律だからね。一体白人のあいつらが、ここにいる権利があるのか?」
(注 ツパック・アムルはスペイン人にクスコを占領された後、インカが逃げ込んだビルカバンバを基地にして反スペイン活動を続けたが、最後に逮捕され反逆罪で処刑された。そのビルカバンバへ筆者はクスコから片道三日の厳しい旅の後、到着している)

アルベルトはそう言いながら、突然、ちらっと、テレサの顔が浮かんだ。テレサのためなら奴隷になっても良いかなと思い、一瞬顔が赤らんだが、すぐに頭を振って馬鹿な思い付きを打ち消した。
「兄ちゃん、小学校で手伝っているんだろ?」
「うん、そうだ」
「じゃ、兄ちゃんだって、ちゃんと考えて実行しているんじゃないか。僕だけに、まるで犬が吠えるようにしゃべらせないでくれよ」
そこに来ると突然、アルベルトは声を小さくして話した。
兄がそれに答えた。
「そんなわけじゃないよ、自分は。この国に一番必要なのは教育だと思う。教育が何より遅れているんだ。ペドロ先生は良くやっているけど、子供が40人もいて、全学年が1クラスだからどうしようもない。そこで1,2年のちびに僕がアルファベットを教えているんだ。教科書を読めないようでは生徒じゃないからね」
「それはそうだよ。それで兄ちゃんは子供を反政府にするよう教えているの?」
「何だって、それ?」
「だって、兄ちゃんはアプラ(反政府の政党)だろう?」
アプラの機関紙が家にあったのをチラッと見たからだ。
「その話は今してもしようがないな。僕は子供に正しいものを正しいと判断できるような眼を作ること、それを自由に発表できるような社会を作ることを教えたいのさ」
「出たね。甘っちょろいユートピア思想が。革命はね、ゲバラのようにしなければ駄目なのさ。政府のあいつらときたら、軍隊にばかり給料を払いやがって、自分たちの用心棒にしている。この間だって、クスコの中心地のアルマス広場は、デモ隊を抑えるため軍隊の撃った催涙ガスがひどくて歩けなかったよ。知ってるかい、あの弾一発で5千円もするってことを。軍隊の奴ももったいないと思って撃っているのかな?いや、奴らにユートピア精神なんて無理と言うものさ」
アルベルトはここまでからかったような調子で話してきたが、再度ここで声の様子が変わった。
アリシアの死はね・・・犬死だよ。あんな素晴らしい人間が犬死だよ、兄ちゃん。ヨハネ福音書にあったね、一粒の麦もし落ちて・・・なんて。アリシアはそんな一粒の麦のはずだよ。それなのに・・・」
「お前がそういうだけで、アリシアは一粒の麦になっている」
父のアルツーロは息子の最後の言葉に少し顔をほころばせた。

「腹、減ってないかい?」父親が急に話題を変えていった。そして鍋からスープを皿に取り二人に渡した。
この地方の貧しい家庭は食事と言えば、先ずスープになる。季節によって芋やトウモロコシが入っているが、年中変わらないと言えるほど変化には乏しい。

親父はスープを少し口に入れると話し始めた。
アリシアの死はひどく悲しい。確かにアルベルトの言うように、もし町の病院に入っていれば良くなっていたかもしれない。それが出来なかったのはただ金がなかったからだと言われれば、そうかもしれない。しかし村の人間が町の病院をひどく嫌っているのは、お前も知っている通りだ。ここの人間は・・・」
アルベルトは父親の言葉をさえぎり話し始めようとしたが、一言だけにした。
「非科学的だ」
父親は続けた。「ここの人間は自然治癒力を信じていて、回復をじっと寝て待つ。生薬は信じるが、化学薬品は信じない。だからアリシアは不幸にも若死にしたが、寿命だったんだよ。アルベルト、そう考えてくれ。生死と言うのはやはり決められたもので、逆らえないものと思うよ。ところで・・・」
父親はここでスープをしっかりすすり終えると、一息入れてからまた話し始めた。
「実を言うと、アルバロ、アルベルト、お前たちに今まで詳しいことは話したことがなかったが、今晩は何だかちょうど良い機会のような気がする。実はこの俺も若いころ、アルベルトのように考えたことがあるんだ。で、あのプエルト・マルドナードに金を捜しに行ったんだ。20歳になる前だった。そして金を掘り当てたんだ。掘ったと言うより、川からすくい上げたんだけれど。砂金だった。運があった。勘も良かったんだろう。少しの間にかなりのまとまった砂金を手にしてそれを売った。つまり金を稼ぎ出したんだ。俺のほかにも何人かそういう幸運な奴はいた。ところが彼らはそれを博打・女に使ってしまう。俺はその金で雑貨を購入した。それまで親方衆と言われる奴らが、現金でなく給料払いでその生活必需品を売っていたんだ。もちろん法外な値段さ。通常の3倍とか5倍の値段でだ。そこで俺が適切な値段で売りに出すと、売れた、売れた。
値段はそれまでよりかなり下がったとは言え、俺にとってはぼろい儲けさ。たちまち人がうらやむ金持ちになっていった。そうなれば俺が働く必要はなくなった。荷物を背負って町と労働者の間を売り歩くのは他人にやらせた。俺はリマの良いところに家を買ったよ。
そんな不思議そうな顔をするな。そういう時期が本当にあったのだ。女中を使って結構な暮らしさ。美味しいもの食って遊び呆けていれば金が入ってくる。そうだな、かれこれ2年ちょっと続いたな。競馬にも凝った。大穴当てればどんちゃん騒ぎ。すっかりすってしまえばがっかりして、飲みまくる。もう入ってくる金を全部使ってしまうと言うことよ。それから・・・」
父親は一区切りをつけてから、声を小さくして続けた。
囲炉裏に薪が少なくなったのでアルバロが立ち上がり、薪を持ってくる。
「それから結婚もしたんだ。お前たちの死んだお母さんは俺にとっては2番目の妻だった。いや、実際は一番目の、唯一の妻だったのだが・・・。つまりその頃、アルベルトはどう思っているか知らないが、俺の若い頃は、俺たちインディオが白人の女性と結婚するのは実に目の玉が飛び出すほどの事だったんだ。白人の男がインディオの女性と歩いていても、どうせ妾ぐらいだろうと思われるが、その逆にインディオの男性が白人の女性と歩いていると、下男だろうと思われていた。ところが俺たちの場合、そんなもんすぐにわかる。天地がひっくり返るほどの大事件だ。そこで俺は金で女を買おうとしたんだ。もっともそんな女性だから、当時の白人社会では鼻つまみ者だっただろうが、俺には知ったことではない。とにもかくにも俺たちは結婚した。そいつは再婚だったので教会での挙式はできなかったが、そこらの一流レストランを貸し切って華々しくやったよ。もうパーティのお終いには誰の結婚式か、何があるのかもわからないほどの混乱で、知らないやつが押しかけてきてただ酒を飲んでいった。あとで考えれば、それが破産の第1歩だったよ。
昔はそういうバカ騒ぎが時々あったのさ。
おまけに大福帳的経営の時代が終わって、行商からしっかりした店舗を構えて事業を起こす風に変わっていたのに、その先行投資を怠ったので、商売は先細りになっていった」
父親は実に淡々と話したが、アルバロもアルベルトも初めて聞く父親の話に驚いてしまって口もきけないほどだった。
アルベルトは後でクスコに戻ってから親父はどういうわけか小難しい言葉を使っていたなと思いだした。

「それから半年もするかしないかのうちに、すっかり行き詰まり、借金のかたに品物を置いて、それで終わり。嫁さんも破産した俺の所から逃げてしまった。俺は元のインディオに逆戻りだ。そうなったらリマなんて、あんな冷たい所はない。昨日の友は昨日の友。今日は知っちゃいないと言いやがる。たまには一日1万円も利益を出したことがあるのに、百円の土方の仕事はする気にもなれない。つまり乞食同然の暮らしにまでなってしまった。
落ちるところまで落ちてやれと思ったものの、その惨めさに精神まで腐ってしまいそうだった。うまく言えないが、例えばこんな風だ、寝台にノミがいる。それが分かっているのにそのノミを殺せないんだ。今日やっつけたところで明日また他のどこかから出てくるだろうって。
それから月並みだが、愛は金では買えないことが分かったよ。金があるより、自分を愛してくれる人と一緒にいる方がいいのだ。
そんな時、ありがたいことに俺には故郷があったことを思い出した。サッサと物を畳んで、リマを出て、1週間かかってクスコに戻って来た。そして村について差し出された温かいスープ、貧しいスープだったけどね、それに身体中が震えた。嬉しさで。
これが俺の人生だ。ここで誠実に生きるのだ、その思いが身体中に染み渡った。これで話はおしまいだよ。その後は、お前たちが知っている十年変わらぬここでの生活さ。この土地にしっかりしがみ付いてな。
しかしこれだけは言っておくよ、アルベルト。やっぱり大事なのはその人の暮らしぶりより生き方じゃないかな。外観じゃないんだよ。俺ははっきりそう思う。もっともお前の言うことにも当たっていることはあるけれど」


第8章

次の日、と言うより朝まで話し込んだが、アルベルトは町に戻っていった。数年ぶりに村に戻った日が、姉の臨終の日だったことと、父親の驚異の独白を聞いたことで複雑な気持ちになっていた。
ただ父の様に、自分もやっぱりリマに出て行くことになると言う予感は強くなった。たとえそれがどんな結果になるとしても。彼は良く夢を見たが、次の日の夢では、彼は何故か、この地方で唯一の町クスコを怖がっていた。

旅行社の仕事は、もう彼にとっては難しいものではなく、他のどの社員よりうまくやれると自負していた。いや、時々来るガイドの仕事だって、好評なのは良く分かっていた。観光が終わって客と別れる時の彼らの反応で、今日の自分の仕事がうまく行ったかどうか確認できるのだ。
18歳の誕生日を間近かにした日、このクスコ旅行社に勤め始めて満2年になろうとした日だが、一人の男が事務所に入ってきた。鳥の羽を付けた帽子をかぶった小太りのこの男は、クスコのガイド組合の委員長をしているアレハンドロだった。アレベルトが挨拶しても知らん顔をするか、大儀そうに手を上げるだけなので、あまり彼について良い印象は持っていなかった。その彼がアルベルトの所にやって来て「ちょっと話があるんだが」と切り出した。
「はい、何でしょうか」、
仕事がなく、机に向かっていた彼は直ぐに腰を上げた。
「いや、大したことではないんだが。君はこの1,2年ちょくちょくガイドをしているよね。しかし君はガイドのライセンスを持っていない。そのことでガイド組合の中でクレームが出ているんだ。ここの支店長にも話はしてあるんだが、ライセンスを持たない人間はこれから一切ガイドとして使わないと言うことになったんだ。規則をはっきりさせると言うことだな。で、君にもそれを伝えておくよ」
委員長はそれだけ言うと、返事も聞かずアルベルトの所から離れて行った。既に支店長とは話をしていたのだろう、そのまま事務所から出て行った。
何だって?彼の伝言をかみしめる。収入が減少するのは痛いが、それよりたまにでもガイドをすることは、事務所の仕事よりずっと自分の勉強になる。外国語を覚えると言うだけでなく、人生に影響するのだ、大げさに言えば。
それにしても今まで組合費をちゃんと取っておきながら、今更、急にそんなことを言い出すなんて。でも、しようがない、これに関しては諦めるしかないだろう。

支店長は相変わらず、彼に会うと頑張ってるねと愛想は良いが、肝心なことは何も言ってくれない。ガイドの件に関しても、一言くらい事前に言ってくれてもよさそうだが。
秘書のテレサは、彼女は以前にもましてアルベルトの心をつかんでいたのだが、この事件の後、もっと大変なことがあるかもよとすました顔で言う。いったい何のことかと聞いても、さぁとしか答えない。
彼女はたぶん、24か25歳だろう。年齢は調べればわかることだが、それさえ気恥しくてできない。アルベルトにとってテレサは妖しいまでの美しさで、向こうを向いていた彼女がこっちを向く時に揺れる髪の毛のシルエットの形だけで一日いっぱい甘い思いに浸っていれるほどだった。彼女はアルベルトの自分への気持ちを知っていてそれをからかっていたのだろう。
例えば、少し前のことだが、「次の日曜日、暇がある?だったら私の家のそばに来てみたら?」と言った。アルベルトにすれば誘われたと思って、マリアには日曜日だけど会社の仕事があると言って、朝早くからテレサの家の周りをウロウロした。しかし彼女は家から姿を現さなかった。自分がちょっとそこから離れたときにどこかに出かけたのだろうかと考えたが、何のことはない、その前の晩からテレサは支店長とリマの本店に行っていなかったのだ。本店と言っても日曜日だから、仕事かどうかは分からないけれど。しかしどうしてそんなことを言って揶揄ったのかアルベルトには分からなかった。実はこんなことが以前にもあったのだ。そのたびに彼の誇り高い気持ちは傷つけられマゾヒスティックな心の痛みを感じながら、彼女を憎めなかった。


あと1週間で満2年の勤続になった日、テレサがアルベルトの所に来て腰かけた。彼女は他の人より彼の名前を甘く伸ばして発音した。アルベールトと言う風に。
「来週であなたの契約が切れるわ。また1年契約を伸ばさなくっちゃね」
「どうして1年契約なんですか?あなたもそうなの?ミゲルやパブロもみんなそうですか?もう僕、見習社員から正社員になっても良いのではないですか?支店長はどう言っていますか?」
「あっ、知らなかったの?あなたは見習のままよ」
「どうして僕が見習なの?僕はもう2年も働いているし、支店長だって僕の仕事ぶりは知っているはずです」
「甘いわね、あなた。あなたは学校も出ていないし、ただのインディオでしょう。言葉ができるから重宝して使っているだけよ。だから、いらなくなったらすぐにクビに出来るように1年契約なのよ」
こうまではっきり言われたら、アルベルトでなくても打撃を受けるのは無理はない。相手がテレサでなければ最後まで静かに聞けたかどうか。アルベルトはウーと低く呻き、ヨロヨロと外に出て行った。

11月に入り雨期が始まっていた。ショボショボした雨が軒を叩いていた。ポンチョ姿の人が道を急いでいる。
アルベルトは白雪と言う喫茶店に入った。ここのコーヒーがクスコで一番おいしいと彼は思っていた。肌寒い日に湯気を立てて運ばれてきたコーヒーは旨かった。
店の前に裸足の子供が小銭をねだって立っていた。今の自分は、人のうらやむクスコ旅行社の制服のブレザーに替ズボンを穿いている。そして茶色のブレザーに合わせた茶色の靴。櫛が入ってきれいに撫でつけられた髪の毛。あの子たちとはずいぶん違う。にも拘らず、確かにあの子たちと自分の共通点は多いと感じる。切り離せないものがある。
それはあの子たちの目つきだ。傲慢なのに小心で、狡く生きている。間抜けだけど独立心があり、それでも他人の顔色を窺っている。あれは自分の目つきだ、アルベルトはそう感じる。
コーヒーを飲み終えるとアルベルトは時計を見た。11時だ。まだ間に合う。立ち上がると飛行場に電話した。共同電話でマリアを呼び出す。
「マリア、アルベルトだ。話をしたいことがあるんだ。昼食一緒にしよう。こっちに来る、そっちに行った方が良い?OK, じゃ、こっちで待つよ。いつもの所で1時半ね。チャオ」

事務所に戻ったけれど、その日の午前中はアルベルトには仕事が来なかったようだ。昼からの予定を聞くとテレサは笑っていたけれど何も答えない。私用の質問ではないのだからしっかり答えろと言いたかったが、だらしないことに、何となく自分も笑ってしまう。
自分の机に戻り、雑誌を開いた。
「リマの失業者、史上空前の数に。国家経済のピンチ・・・」いつも同じことが書かれているようだ。今までなら読み過ごしたところだが、その日はなんだか他人事ではない気がしてじっくり読んでしまった。雑誌の文は続く。「犯罪に走る失業者の群れ」「大量の失業者に政府は打つ手なし」「インディオは故郷の田舎に帰すべきだ」
確かに、都会に何かあると夢を見て田舎を出てきた人たちを待っているのは、そんな甘い生活じゃなかったわけだ。
しかし都市問題は何もこのペルーだけではない。大都会への人口の集中は全世界の問題だ。
アルベルトはそれを頭に入れながら、自分はそれでもリマに出て行こうと考えた。
「自分は違う。自分はできる。どんな生活にも耐えられる。決して犯罪者の群れに落ち込んだりしない。時が来れば、他人に言われなくても故郷に戻る。その潮時は分かる。そうまでして都会にしがみつきたいとは思っていない」

昼になり、ランチを取りに、事務所から三々五々と従業員が消えていく。雨は上がっていた。アルマス広場の近くのレストランに入るともうマリアは来ていた。
「早かったね。マリア」
「急いできたからよ」
「仕事の方は?」
「いつもと同じ、いやになっちゃうわ。変化がないんだもの」
「そうは言っても、変化のある仕事なんてどこにでもあるわけはないよ」
「どうしたの、今日は大人っぽいこと言うじゃない」
「そう言うなよ。今日はマジなこと言うんだから」
「いつもマジじゃないの?」
「頼むよ、いじめないで聞いてくれよ」

雨期に入るとトルーチャ(鱒)は取れなくなるので今の内と鱒のフライを二人は注文した。贅沢な料理だったので飲み物とアボガドのサラダがついて二人分で400円だった。今から10年前に市場で食べていた昼食は一人分40円だったのだが。

食事が一段落してアルベルトは口を開いた。
「実は俺、リマに行こうと思っているんだ」
「いや。ダメ」
アルベルトが驚いたほど、ヒステリックな叫び声だった。
マリアは強くはっきりと否定した。
「何をしても良いけど、ここから離れたらだめ。向こうに行ったらあなたの人生は今よりおかしくなる。やめてちょうだい。お願いします」
「落ち着けよ。俺の言うことを聞いてくれ」

アルベルトは幾分早口に事務所で考えたことを話した。
「でも、あなたは具体的に何をどうするのか分かっていないし、この国ではお金より大事な親戚関係も全くない。いつまでも遊んで機会を待つほどお金の余裕もないでしょう。そうしたら今よりずっと悪い条件で働くことになる。そんな生活を続けていれば、今あなたが持っている美しいものも壊されていく。だから、お願い。ここにいて、もう一度考え直してちょうだい」

午後の仕事があるとマリアは興奮した様子を隠せず店を出て行った。
アルベルトはもう一杯コーヒーを頼んだ。雨は上がったけれど、薄暗く濡れそぼった外を見ながら動揺した自分の心を見つめていた。
マリアの言うことに真実があることは感じていたが、自分の決定をすぐに覆すのも癪で、心を暫く宙に浮かしておこうかと、リマ行き計画を中止ではなく延期にする気になって外に出た。
テレサは午後に仕事があるともないとも言わなかったけど、アルベルトは広場近くの事務所に戻った。一段と暗くなった空から、雨が再びゆっくりと降り始めた。これから半年続く雨期に入ったことを告げているようだった。それはゆったりと、しかし力強くクスコの町を包み込んでいった。

テレサ、仕事は?」
テレサはいつものようにタイプした仕事表を自分の机から取り出し彼に渡した。
「はい、これ。マリオット・ホテルにいるアメリカ人のヘンドリックス夫妻とサボイ・ホテルのジャニスツアーのグループの市内観光よ。バスは12番。運転手はハイメ。ガイドはユパンキ。ちゃんと連絡とってね」
「どうして午前中に聞いた時、これを教えてくれなかったの?」
さすがにムッとしてクレームした、
「あなたの事だから、今日の午後から、もう仕事はしたくなくなるかと思ったの」
こういうとテレサはアルベルトにウィンクした。
「あなたは一体、何を言っているんですか?」
「明日のリマ行きの切符、予約してあげようか?75%引きの正社員の特別航空券を」
テレサはまじめな顔に戻ってそう言った。
アルベルトは顔が引きつって何も言えない。
テレサは静かに、しかし彼の顔を強く見つめながら続けた。
「あなたは若くてハンサムだし、才能もある。可能性はあるのよ。どうしてこんな田舎にくすんでいるの?あなたの野心は知っているわよ。どうして今、飛ばないの?チャンスは今よ、飛びなさい。アルベールト」

アルベルトは渡された仕事表をテレサの机の上に置くと、返事もせず事務所から再び雨の降る町に出て行った。
そうだ、今日だ。今日こそ旅立ちの日だ。もう終わりだ。こんな町で自分を駄目にしながら生き延びるのは今日で終わりだ。明日は飛行機に乗ってしまうぞ。
そうだ明日だ、明日。もう一日の余裕もない。焦るな、落ち着け。さて取り合えず、明日出発するために何をする必要があるか考えよう」

アルベルトは興奮で熱病の患者のように真っ赤な顔をして道端でブツブツ言っていた。
先ずクスコ旅行社の件を片付ける。それから明日の航空券だ。それが終わったら荷物を整理して部屋のオーナーに通知をする。それから友だちへの連絡だ、これだけを今から明日までに終えなくっちゃ。急げ。

驚いたことに事務所に戻ると、テレサは一切の手続きを終えていた。今日までの給料を小切手でちゃんと支払ってくれた。そして事務所の中なのに、思い入れたっぷりな情熱的な口づけをアルベルトにした。
「可愛い、アルベールト。さようなら。あなたの事、愛していたわよ」
アルベルトは気の毒なほどの取り乱しで、周りの人には彼が喜んでいるのか悲しんでいるのか分からなかった。
「飛行機は明日のフォーセットの2便。11時半発よ」

部屋に戻ってくるともう疲れ果ててベッドに倒れこんでしまった。
一生でニ度と起こらない劇的な日になった。

(続く)