チリの風・番外編 「チリのペンギン島」

2011年1月         藤尾明憲

チリの野生動物で有名なのは鯨とペンギンだろう。今回はその一つ、ペンギンが住む島を仕事で訪問したので報告したい。
南米太平洋の沿岸には多数のペンギンが住みついている。その主なものはペルーからチリの中央部に住むフンボルトペンギンと、それより南のマジェランペンギンになる。両種類は首についた線の数に違いがある他、フンボルトの背中は灰色でマジェランは黒色のため何とか見分けはつく。チロエにその両種が共存する島がある。
サンティアゴから飛行機で1時間半で南部の中心地プエルトモンだ。そこから車で本土とチロエ島の船着場まで約1時間。フェリーは30分で島の入り口まで車と乗客を運ぶ。さらに約1時間で北部の中心のアンクッドに到着。しかしペンギンの島まではさらに約1時間。やっとペンギンのいる島プニィウィル(現地の言葉で風の強い場所)が見える海岸に到着だ。
ここのペンギンは普通9月から3月までここで生活し、その後、フンボルトは北のペルー、マジェランは南のプンタ・アレナスを目指して旅にでるらしい。ただしこれは大人のペンギンで幼いペンギンはこの地区に残る由。
しかしGPSでも装着しているかのように1000キロ、2000キロを泳ぎきり、またここに戻ってくる能力には脱帽しかない。他の動物にもそんな習性はあるでしょうといわれそうだが、私にとっては驚くべき能力。
観光客はその海岸から10人乗りのボートで島を目指す。観光シーズンは1月と2月。なんでも毎日4・5百人が訪問するとか。12月、3月はその半分、夏のシーズンが終われば観光客はほとんど来ない。もちろん、この観光ボートを出している地区の人にとって、漁師として働くより観光事業のほうが有利なことは言うまでもない。ここの船頭兼ガイドの一番古手は25年も経験があると言う。彼の奥さんは先年ジャイカの招待で、中小企業の育成コースを帯広で受けてきた由。ペンギン事業の促進のためだが、観光客を増やすための戦略を村ぐるみで実施中とか。私たちは彼女を帯広さんと呼んでいた。そこの事務所には絵葉書や地図がないし、近くにバックパッカー用のユースホステルも必要と思うがどうだろう。
ペンギンが住んでいるのはその地区の3島だ。この地区には全体で推定3千羽のペンギンがいるが、その数は減少を続けている。ワシントン条約でペンギンが絶滅の危機にあると言われるゆえんだ。理由は食糧になる魚が減少していると聞いた。この島には多くの海鳥が舞っているが、彼らもペンギンの卵を狙うのだろう。海中にもペンギンを狙う天敵がいるようだから、減少理由はいくつもあるかもしれない。
夕方になるとその日の仕事を終えたペンギンが疲れた身体を引きずって島に戻ってくる。波が大きいので、それに上手く乗ると島の上陸台に打ち上げられるように到達する。島に上がればそれでその日の仕事は終わりだろうと私は考えた。素人は甘い。彼らの巣は天敵を防ぐためだろうか島の丘の頂上近く植物が生えているところにある。
ペンギンの足は短いため、その数十メートルほどの丘を登るのは彼らにとって至難の仕事だ。一日中、餌を探して海の中を泳ぎまわりくたくたになった彼らの一日最後の仕事がこれほど厳しいと、夜になって巣の中で人生を考えてしまうのではないだろうか?(再度、素人の考えは甘いとプロに言われそうだ)
もちろん、この日常作業のほかに、カップルになれば子育てのため巣を作る必要が出てくるが、それは自分たちの足で土を掘り出すわけだ。同じ巣を何度も使わないそうで、同地区を歩けば何層にもなった巣穴を見出すことが出来るらしい。
海から戻るペンギンを見るためには夕方6時、7時頃のボートに乗る必要がある。それ以前に戻るペンギンはほとんどいないからだ。
私たちはその夜、アンクッドに戻ってホテルに宿泊。
翌日、再度、ペンギン島へ。昨日は帰宅途中のペンギンを見たので今度は出勤するペンギンを見るためだ。いるいる。上部の草が生い茂っている地区に巣があるので、そこを出たペンギンは島の丘の中腹、岩肌のところへ姿を見せる。ペンギン道をぞろぞろ並んで下りてくるが、岩の傾斜が急になっているところで交通渋滞が起きる。降りにくい所は迂回するが、その時かにのように横ばいで降りるのを見た。バランスを上手にとってほとんどのペンギンは転ばないが中には転倒するのがでてくる。確かにこの目で見たが、そのうちの1羽は何と4回も転倒した。彼は海に入って餌を探し始める前、自分の人生はこれでよいのか悩むはずだ。それが単にそのペンギンがうかつな歩き方をしたためなら事故は深刻な問題ではないが、その転倒ペンギンが中高年層なら問題は日常的なわけで、彼が死ぬまで、その苦しみは減少するどころか増えていく。
この出勤ペンギンを見るため、朝一番のボートに乗ることにした。しかし10時が最初のボートだったので遅すぎないかと心配したが、ペンギンの中には早出と遅出があるようで、10時ころにもペンギンはまだ島に多く残っていた。
島にペンギンがいるかどうかは岩肌を見れば分かる。白く汚れていればペンギンが存在する。その汚れはもちろん彼らの糞尿だ。
10数羽のペンギンが海に入らず岩の上で咆哮している。これは海中に彼らの天敵のアザラシか何かがいるので警戒して中に入らないのだと考えた。
その日の2回目に島に接近したとき(前日もその日も、私たちは2回ずつボートを利用して海に出た)他のペンギンは海に入っていたのに彼らはまだ島にいた。それでこれは天敵警戒ではなく、青春を謳歌しているのだと分かった。このグループの中で自分が一番大きい、一番声が良い、ハンサムだと競争しているようだった。彼らの腹は白くて汚れていなかった。
今は生まれた子どもを育てる時期なので、巣の中に入った成人カップルのペンギンはその子育てのためにどうしても腹が汚れる。若いペンギンにはそんな義務はない。
ところで動物園のペンギンは1羽、500グラムほどの食糧を一日にとると聞いた。毎月1羽ずつ体重を計測するが、体重に減少傾向が見られれば、回復を図って1キロまで増量するとか。フンボルトの体重は3.5キロほどだから、動物園で与えている量はかなりのものだ。しかしこの野生のそれは何と3―4キロにもなるらしい。何と自分の体重ほどの食糧を毎日食べているのだ。よくそれだけ食べられるものだと言おうか、それほど食べなければ生きていけないのか?親ペンギンの場合はもちろん巣で待つ子どものための餌もその中に含まれているわけだが。
つまり同じペンギンでも野生のものと動物園のそれでは食べる量は桁違い。それは運動量が全く違うからだ。このため野生のペンギンの身体つきは動物園のそれと明らかに違うのが分かる。筋肉と皮下脂肪だ。動物園のペンギンは野生のペンギンとは違った一生を送るということがこれでも証明される。

次々と海中に出勤していくペンギンを見て、そうか彼らの一生も人間の人生と似たようなものだなと再度、感慨にふけってしまった。がんばれペンギン。
あの愛らしい外観とは異なる野生のペンギンの厳しい生活状況を見てしまうと、もし生まれ変わるなら、ペンギンになるより、その隣にいて空を自由に飛べるカモメになりたいと思ってしまった。ペンギン関係者の人には申し訳ないが。


以上