(スポーツ)

1) サッカー
先週の感激は消えてしまいました。ペルーで見事に勝利を飾ったチリは今週はホームにウルグアイを向かえ、これに勝つとほぼ南アWカップの出場権を確保できるのではと考えられましたが、ウルグアイは強く0対0の引き分け。この引き分けの大きな原因は前半にチリのプレーヤーがレッド・カードで退場処分を受け、試合の大半を一人少ない人数で戦ったからです。チリ側はその退場処分を審判のエラーと考えていますが(それほどひどいプレーじゃなかった)その審判は試合の最後にチリ側のハンドを見逃し(これは相手のペナルティです)ウルグアイの勝ち逃げを避けました???
まぁあと6試合のうち、ホームの3試合(ボリビア、べネスエラ、エクアドル)に勝てば世界大会に行けそうです。
それにしても驚いたのは同じ日、ラ・パスで行われたボリビア対アルゼンチンの試合で、ボリビアが一方的に6対1で勝ったことですね。 これで6月までWカップ予選はお休みです。
そして国内リーグ戦が始まりました。いきなり、この数年ほとんどリーグ戦で勝ち続けているコロコロがまたも敗戦。国内戦では勝てなくなりました。ファンは監督の交代を要求しています。カトリカも付き合って負け、ウニオンの首位が継続です。


2) マラソン
しかしすごかったですね。大通りを埋め尽くすランナー。何でも主催者の発表で参加者は2万2千人とか。主催者も経験をつんだのか、預けた荷物の受け取りは昨年より格段によくなりました。
さて私は3日ほどほとんど食べなかったので3キロ減りました。強烈な下痢は確実に減量できますね。つまりフラフラで目まいがしたのはエネルギーがなかったからです。それでも土曜日から少しづつ体調を取り戻した私はレース場に向かいました。
8時15分のスタートでしたが、前に大勢のランナーが並んでいるので、スタートラインを超えたのは3分15秒後。今回は山口さんと並んで走りました。最初の5Kは30分で走る予定でしたが、29分半でクリヤー。この給水点では水は飲まないことにしていました。とにかくランナーの数が多く、水場に近づくと時間の損失が大きいためです。次の5Kは速度を上げて25分を予定しました。昨年ならもうこの辺からスペースが出来て自分の速さで走れたのですが、人数の増えた今年はまだ団子状態が続いています。それでも空いた場所を探しては速度を上げ、前を走るランナーを抜き始めます。目標どおり25分で到着。この調子だと1時間45分でゴールできそうです。しかしアホな私は今日はエネルギーの備蓄がいつもより少ないことを忘れていました。
(後でわかったのですが、この地点で磯辺さんは私たちの前を走っていました。)
昨年、水野・山口組に置き去りにされた12k地点を通過。まだ危険なガス欠状態ではなかったので1キロ5分の速さで走っていました。ところが13kあたりで、左足の筋肉がピクピクしました。痙攣の予兆です。私はすぐに反応し山口さんにお先にどうぞと知らせました。
ここから苦しみの始まりです。もうエネルギーを消費してしまった私は泣き泣き足を動かします。この5Kは30分でした。 プロビデンシア地区に入ると沿道の両側に応援団が出て騒いでいます。それにランナーも反応していますが、私は彼らの顔を見る余裕もありません。赤信号がともって「身体に悪いからここで棄権しなさい」と言っていますが、違うところで青信号がともって「絶対歩かずゴールまで走り続けるよう」指示を出してきています。その両方とも無視して、こうして走っていられるのはなんと幸せなことか、いつまで走り続けることが出来るかわからないが、このすばらしい瞬間を味わおうと考えました。この5Kはなんと最悪の34分。しかしもうゴールがすぐそこです。私の横をケニヤの選手が走りすぎました。パトカーの先導がついていたのでフルマラソンの優勝者です。この最後の1キロが厳しかった。ゴールが見えているのに足が進まない。なんと磯部さんにばったり会いましたが彼は前半好調だったのに急に足に故障が出て歩き始めてしまった由。それでも「翼よあれが今日のゴールだ」と言いながら完走しました。
私の時計で2時間7分50秒。昨年怪我をしながら走った記録が4分30秒。過去10度以上走っているハーフマラソンでのワースト記録でした。いかに私が口先だけの、本番に弱いタイプかわかります。自分の体調を管理できなかったのが悔しいけど数字がすべて。山口さんも50分を切れなかったらしい。
戻りも大変で地下鉄の駅の階段が下りられません。山口さんに支えられて何とか駅まで降りました。そしてやっとのことでアパートにつきました。
体重を量るとさらに2K減少していました。この5日で5キロの減量に成功。(やせている私は減量なんかしたいことありません!!)




以上